放送大学・「認知症と生きる」第13章
当事者から見る認知症 本人編4
認知症と生きる 当事者から見る認知症[13章E] 本人編4
講義内容の整理
認知症の人本人の声ということで、認知症の当事者だけで構成する団体
日本認知症ワーキンググループ
を立ち上げたメンバーの一人の方のお話しが紹介されていました。
この方はシステムエンジニアをしていて、パソコンのフェイスブックを使って多くの仲間たちと知り合い、たくさんの情報を発信していました。
認知症の人が暮らしやすい社会は
認知症ではない人にとっても
暮らしやすい社会
という考えで、では認知症の人は何に不自由・不便を感じているのか、という声を集約してあげる必要があるということで、ワーキンググループを立ち上げたとのことです。
ふたつの偏見
認知症の人が集まって、自分たちに必要なサービスは何かを話し合い、声をあげてそのサービスをつくる。
そのことが認知症ではない人にとってもよりよい社会になる、という考えです。
次は日本認知症ワーキンググループを立ち上げたメンバーの方のお話しから。
・偏見
認知症をに関してはふたつの偏見がありました。
ひとつは認知症の人本人の中にある偏見(先入観)です。
いろいろなことができなくなってしまうのではないかという先入観と、それによって失敗ばかりしてしまうという偏見です。
もうひとつは社会の中にある偏見です。
認知症の人は何も分からず、考えることもできないのだ、という偏見です。
このふたつの偏見は、認知症の人の生きようとする力を奪ってしまいます。
そして、認知症の人の生きる希望をも失わせてしまいます。
・社会へのお願い
社会や地域の人たちにお願いしたいことがあるとのことでした。
★認知症の人が失敗しても、笑ったりバカにしたりしないでほしい
★認知症の人を劣った価値のない存在と考えないでほしい
★スーパーや駅の窓口などで、認知症の人がもたもたしていても
優しく待ってくれる社会であってほしい
★認知症の人が好きな時に自由に外にでかけられ、好きなことが
できる街であってほしい
★認知症の人を社会のお荷物や介護の対象と考えるのではなく、
私たちが形成する社会の一員として認めてほしい
★認知症になると、確かに「不便」なことは増えますが、
決して「不幸」なことではありません
★450万人近くいる認知症の人たちが、これからもっともっと
前向きに希望をもって人生を生きることができるように、
皆さんも一緒に考えてほしいのです。
そして一人ひとりに少しだけサポートしてほしいのです
この講義を受講して
「認知症の人に優しい街というのは、認知症ではない人にとっても優しい街」というのは、まさにその通りだと感じます。
例えば「認知症の人がもたもたしていても、優しく待ってくれる」というのは、別に認知症の人にとは限らない話ですね。
ただ、こうしたことは「文化」という側面もあるので、なかなか変わりにくいのかとは思いますが、「認知症の人に」、ということをきっかけに変化することを期待したいと思います。
そして、「認知症の人を介護の対象」と考えることもちょっと問題がありますね。
お願いの中に、「少しだけサポートしてほしい」というのがありましたが、この
「少しだけ」
が重要なのだと思います。何から何までサポートされてしまったら、自主的な行動がなくなってしまい、かえって辛くなってしまいます。
できないところは「少しだけ」です。そのできない部分だけをサポートしてもらえたら、本当にうれしいサポートになるのだと思います。
参考
(認知症と生きる 当事者から見る認知症[13章A] 歴史編)
(認知症と生きる 当事者から見る認知症[13章B] 本人編1)
(認知症と生きる 当事者から見る認知症[13章C] 本人編2)
(認知症と生きる 当事者から見る認知症[13章D] 本人編3)
(認知症と生きる 当事者から見る認知症[13章E] 本人編4)